現実

現実を見つめ直す。

90年代のV系 〜PIEEROTとDIR EN GREY編〜

 タイトルに90年代とあるが、自分の世代として正しくは90年代後半、世紀末の頃の話。

 

 

 私とV系とのファーストコンタクトは以前の記事にも書いたように、確かPIERROTだと記憶している。そこから、V系の音楽を知り、DIR EN GREYで本格的に深みになることを考えると、すべての元凶ともいえる。

 

 

saya1988.hatenablog.com

 

 

 

 

 はじめてPIERROTを見たのは、確か何かの新聞だった。内容は正確には覚えていないが、当時世紀末の世の中に退廃的なバンドがブームになって、その代表格でメジャーデビューしたてのPIERROTにスポットが当てられた、というような記事だったような気がしなくでもない。

 

 

 

 その時は記事を通してのビジュアルであったが、次に触れるのは彼らの音楽だった。確か神風怪盗ジャンヌという少女マンガのアニメ版のエンディングテーマ曲として、「ハルカ・・・」が使われていて、私はそのアニメにはあまり興味がなかったのだが、たまたまチャンネルをいじっていた時、そのテーマ曲が流れているタイミングで止まってしまったものだから、少し曲の中身を聴くことになった。当時、ゴリゴリのJPOPしか知らなかった私は、比較的大人しい曲調ではあったものの、歌い方の特徴や、ギター、ドラムが若干ロック調な音楽を聴いたことがなかったものだから、凄い新鮮に感じたのを覚えている。また、曲のタイトルも何か、幻想的で、こういう音楽をやるバンドもあるんだという感じで興味を持ち始めた。

 

 

 

 本格的にV系を知ることとなったのが、次の「ミュージックステーション」の「MAD SKYー鋼鉄の救世主ー」の演奏だ。DIRのときもこのMステの演奏が物議をかもしたが、この時のPIERROTの映像にも度肝を抜いた。いかんせん、平和なJPOPしか聴いてこなかった私にとって、この曲調とビジュアル、パフォーマンスを全て新鮮だった。小学生だったため、金銭的な問題からCDを買うことはできなかったが、この演奏は頭に強烈に残ることになってしまった。

 

 

 

 学校でなにが流行ってたかは、本当に思い出せないけど、PIERROTのことを言っている人は誰もいなかったと思う。自分としても、CDもそれを聴くためのプレーヤーも持ってなかったから、彼らの音楽を聴くためにはランキング番組での演奏とかで聴くしか無かった。ただ、PIERROTがいわゆる「ビジュアル系」で、少し退廃的な音楽をやっているバンドなんだな、という認識は持つことができた。

 

 

 

 PIERROTで衝撃を受けたあと、V系にハマるきっかけとなったのが、冒頭にも話したDIR EN GREY。今でこそ知る人ぞ知る、ワールドワイドで活動しているバンドだが、デビュー当時は、3枚同時連続リリースでしかもXJAPANのYOSHIKIプロデュースでメジャーデビュー、というとてつもない看板をひっさげて表舞台に登場してきた。このことは新聞とかエンタメ系のニュース番組でも取り上げられていた。

 

 

 

 DIR EN GREYはやはり、3枚同時連続リリースと「ミュージックステーション」での伝説的な演奏で知った人も少なくないと思う。自分も当時リアルタイムで見た記憶があるが、正直フリーズした。この時に演奏された「残-ZAN-」の演出と、普通の家庭ではまず聴かないであろうシャウトの多用で、多くのお茶の間にトラウマを植えつけたバンドとして歴史に乗ることになる。自分としては、テレビ番組の、しかも生放送でこういう過激な演出してしまうんだという強烈な印象をもった。結構新しいもの好きだったので、すんなり興味を持ったのだと思う。

 

 

 この演奏後も、「予感」まで、Mステには出演することになるが、どうして、最初の演奏時点で出禁にならなかったのが不思議だ。

 

 

 こういう感じで、いわゆるビジュアル系という存在を知った私は、このままどっぷり彼らの音楽を聴く毎日になる、というわけではなかった。というのも当時の音楽を聴くための方法ってCDを買ってきてプレーヤーで聴くという過程を踏まなければならず、自分には、その環境がなかったからだ。本格的に聴くようになったは中学生ぐらいだったと記憶している。この時期が自分の音楽遍歴の原点にもなっているかなーと思う。それはまた次の話で。